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Saturday, July 11, 2020

リモート宅録第4弾「今夜はブギー・バック」

銀河リモート宅録プロジェクト第4弾
小沢健二・スチャダラパー
「今夜はブギー・バック」
第9回演奏会より再演
https://youtu.be/YSevdVIEHbw



10年前の私は、外で服を買うのが苦手だった。


というのも、若者向けの洋服屋といえばどこもかしこも店内中にHipHopを大音量で流しているのである。
私はHipHopが嫌いだった。
あの威圧的なビートや挑発的なフロウが苦手だった。
キャップを斜めに被るのも、ジャラジャラしたネックレスも、XLのTシャツをだらしなく着るのも許せなかった。
何不自由なく育ってきた10代のナイーブな感性は刺激を厭い、変化への恐れをHipHopへの嫌悪に仮託していた。
私は人並みに服を買うこともできず、くたびれた服に袖を通し続けていた。




2019年。
定期演奏会でHipHopステージが企画され、私は生まれて初めてミラー入りのサングラスを、ニューエラのキャップを買った。ただの野球帽が6000円もするなんて思いもしなかった。
TSUTAYAでスチャダラパーのCDを借り、通勤時間で耳にタコができるほど聞いた。
YouTubeでHipHopのMVを見漁った。
家でひとりドキドキしながらサングラスをかけ、鏡の前で彼らの真似を繰り返した。

そして8月の演奏会当日。
ルネサンス曲と邦人曲のステージを終え、私は楽屋で衣装のネクタイを外す。
リュックからサングラスを取り出し、帽子の角度を整える。
iPhoneで「ブギー・バック」の伴奏トラックを再生しながら狭い通路を抜けて舞台へ向かう。
客席には数百本のサイリウムが踊っている。
そのときHipHopのビートは私の心を昂らせ、口から出る歌は私の言葉そのものだった。




ニューエラのキャップは部屋の隅で埃を被っている。
新しい服はもう一年近く買っていない。
あの時から表面上の生活は何も変わらないまま迎えた2020年6月。
引き出しの奥から再びサングラスを取り出し、帽子の角度を整えるためにiPhoneのインカメラを起動した。

いつもの部屋、変わらない景色。明日このカメラ画面はまだリモートワークに慣れていない自分の姿を写し出すのだろう。
それでも僕たちはこの曲でロックし続ける。
これからもずっと、ずっとその先も。



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